久しぶりになってしまったブログがこんな内容でいいのだろうか。
はじめに言っておくが、これは偉そうに語れる武勇伝でも、成功ストーリーの始まりでもなんでもない。計画性のない自分の責任で起こった情けない話だ。過去の過ちを美談として語るつもりも毛頭ない。
何かを伝えたいわけでも、役に立つ情報があるわけでもない。ただ、あれから6年くらい経った今の気持ちを無性に残したくなってブログを書いた。そんな戯言に興味があれば読み進めて欲しい。
2013年11月12日。
この日は間違いなく自分の転機となった日だった。
一日の始まりは最高だった
明け方、従姉妹に子どもが産まれたのだ。
ぼくは親戚同士の仲が良く、LINEグループがある。そのグループにたくさんのおめでとうメッセージが届いていた。従兄弟姉妹はぼくも入れて8人いるが、初めての子どもだったのでみんなの喜びはひとしおだった。
親族の家族が増える喜びは、友達の子どもが産まれるのとは違った感情が湧いた。ぼくももちろん、おめでとうメッセージを送ってから家を出た。
2013年1月、ぼくは3年8ヶ月勤めたITシステム会社を退職する。そして7月に個人事業主登録をして独立。プロポーズや誕生日などのサプライズを仕事にしたいと思い、自分なりに試行錯誤していた。
勤めていた会社は初任給が高いことで有名だった。公表されていたから言っても問題ないと思うが、入社一年目でなんと年収が500万以上!!!
それだけあれば貯金もできたと思われるかもしれないが、同期と毎月旅行に行ったり、セミナーに通ったりしていて貯金はあまりしていなかった。
退職するまでに150万ほどは貯金したが、収入がなければみるみるお金は減っていく。東京で食費、家賃、交通費を払えば1年も持たない。7月くらいに、さすがに貯金が尽きると思ってバイトを始めていた。
11月12日、この日もバイトがあったので、当時住んでいた日吉から東横線に乗ってバイト先の渋谷に向かった。
なんで残高0円?!
バイトは13時からだったので、先にお金を下ろしてから吉野家で牛丼の並を食べてバイト先に向かおうと思っていた。
給料日は15日。銀行にはあと数千円残っていたはずなので、それでやり過ごせばなんとかなる!当時はこんな感じで、水道代や家賃、クレジットの引き落としの日までになんとかお金を用意してやり繰りする日々が続いていた。
銀行に向かい、ATMで引き落とし額を入力する。
・・・お金が出てこない。
操作ミスかと思い、再度入力するが出てこない。
おかしく思い、通帳を見てみると最後の行にこう印字されていた。
差押 0円
え?0円??いや、まだ数千円あったでしょ?
ワケが分からず銀行に電話した。
「あの、差押で0円ってなってるんですけど、どういうことですか?」
「横浜の税務署から差し押さえられていますね。」
「税務署から??」
「そうです。一度、税務署に問い合わせてみてください。」
「・・・分かりました。」
急いで税務署に電話をかける。心当たりがないわけではなかった。
「あの、差押ってなってたんですけど、これ何ですか?」
「住民税滞納されていますよね?」
「あ・・・すみません、忘れていました。」
「納付書届いていると思うので、ちゃんと払ってくださいね。」
「ちなみに、これってお金戻ってこないんですよね?給料日までお金なくて。」
「いや、それは無理ですね。」
「ですよね・・・分かりました。」
頭が真っ白になった。どうしていいか分からず、とりあえずコンビニでおにぎりを1個だけ買ってバイト先に行った。
知っての通り、住民税は前年度の給与額に応じて金額が決まる。勤めていた会社の給料が高かったのだから、当然住民税も高かった。6月ごろに納付書が届いたが、とてもすぐに払える額ではなかったので放ったらかしていた。ちょっとくらい大丈夫だと甘く考えていたのだ。
このブログ記事でひとつだけ伝えられることがあるとすれば、住民税は払う意思さえ示せば金額は相談に応じてくれるということだ。少額でもいいので、払い続ければ期間は少し伸ばしてくれる。
もちろん、これから会社を辞める人は次年度の住民税などの税金、保険料を考慮して貯金してから辞めるべきだ。一方で、創業時は何かとお金が必要になることも分かる。どうしても納付書通りに払えなければ一度税務署に相談してみる方がいい。放ったらかしにしていることが一番いけない。ねぇ、徳井さん。
原宿から渋谷に向かう道で泣いた
バイトが終わった後、代々木公園で人に会って荷物を渡す予定があった。渋谷から代々木公園までの電車賃もなかったので、歩いて代々木公園に向かう。そんな遠い場所でもなく、10分もすれば着く道だったが足取りは重かった。
どうしよう・・・
ご飯は帰ればなんとかなるか。
え、でも明日からの電車賃は?
3日分も食料あったっけ?
誰かにお金借りようか・・・
今から思えば3日間くらいなんとかできたかもしれない。でもその時は絶望と不安で押しつぶされそうだった。用事を済まし、また渋谷まで歩く。PASMOの残高は280円。原宿から電車に乗ると足りなかったが、渋谷まで歩けばなんとか帰れる金額だった。
意を決し、親に事情を話してお金を借りることを決めた。
電話で番号を押しても、発信ボタンがなかなか押せない。怒られるに決まっている。情けなくて、原宿から渋谷の人通りの多い道を通るのが嫌だった。線路沿いの人気のない道を選んで歩いた。
「あんた、何考えてんの!!!!!」
当然の怒号が響く。謝るしかできず、不安や情けなさが溢れ出して思いっきり泣いた。
27歳の男が嗚咽をあげて泣いた。
6年経って今思うこと
結局、親からお金を借りてその場はなんとかなった。住民税も毎月1万ずつは払うようにし、奄美に来る前には払い終えている。親に借りたお金も返した。
ここまで書いてみたが、結局何が言いたいのか自分でも良く分からない。読ませるためにストーリー仕立てに書いたが、要は納税の義務を疎かにしたやつに当然の報いがあって、結局親に泣きついたというなんとも情けない話だ。
「あの経験があったから今があるんだね。」
なんて月並みな言葉で美談にできるような話ではないことは分かっている。
それでも、11月12日になるとあの日のことを思い出してしまう。あの日の経験は、自分にとって大きな転機だった。
相変わらずビジネスは得意ではないし、書類作成やお金のことは苦手だが、少しずつ請求書に書く金額は上がってきた。6年経った今日は奄美大島のリゾートホテルのディナーをご馳走になっていた。銀行残高が0円で税金すら払えなかったあの頃に比べたら、ちょっとはマシになっただろうか。
奄美大島に来てもうすぐ3年が経つ。来年からはきっと、今までの3年とは違ったものになる。数年後何しているかなんて全く分からない人生だが、これはこれで今幸せである。あの日の不安、悔しさ、情けなさにありがとう。