はじめのきっかけは「めがね」という映画でした。
「なにが自由か知っている」
このキャッチフレーズに惹かれて映画を見て、舞台となった与論島に行ったことがきっかけでした。
はじめて行ったのは2010年。
とても楽しくて、いつかこんなところで暮らせたらいいな、と漠然とした夢を抱いていました。
当時、僕はITのシステム会社に勤めていました。
ベンチャー企業だったので仕事は大変で、終電帰りは当たり前の毎日でした。
2013年、学生の頃からいつかは起業したいと思っていたので勤めていた会社を辞め、個人事業主として働き出しました。
独立してから3年。
なんとか周りの手助けもありながら続けられてきましたが、やればやるほど違和感がありました。
ビジネスというものを知れば知るほど、社会の仕組みが分かってきました。
社会の仕組みを知れば知るほど、世の中にはムダなことが多いと思うようになりました。
たとえば、僕は結婚式でのイベントをすることが多かったのですが、結婚式はたくさんのしがらみがあって費用はどんどんかさみます。
披露宴でもらう引き出物は、正直荷物になるだけでもらって嬉しいものではありませんでした。
しかし、どこの会社も売り上げを上げるため、成長するためにどうにかしてサービスを生み出して、人々に買ってもらって、従業員に給料を払い続けています。
その結果、ブラック企業なんて言葉が流行り、鬱や過労死、自殺などがあとを絶ちません。
一体、自分はなんのために頑張っているのか。
好きなことをしたくて、自由になりたくて独立して起業したはずなのに、世の中の仕組みに合わせようとすればするほど心がすり減っていくようでした。
社会とは一体なんなのか?
お金を稼ぐとは?
働くとは、生きるとはどういうことなのか?
そんなことばかり考えていました。
たまたま同じ時期に、僕はある目の病気を患いました。
左目の視界が真っ白になり、目は腫れて頭痛が続き、病院に行って眼球に注射を打ってもらって完治までに2ヶ月以上かかりました。
血液検査もしたけど原因は分からず、ただ「ストレスかも。」と言われるだけ。
知らぬ間に自分がこんなにも抱え込んでいたことを思い知りました。
いつ死んでもおかしくないんだな・・・
ベッドに横になりながら、そんなことを思っていました。
だったら、今一番やりたいことをやろう!
いつか与論島に住みたいと思っていたなら、今それをやってしまおう!
お金もなかったですが、行くことだけを決めてしまいました。
そして2016年2月。2ヶ月ほどでしたが、与論島に住んでみました。
たった2ヶ月だけなら、まだ旅行者気分だったのかも知れません。
でもその間は、今までにないほど楽しかったのです。
朝の太陽が嬉しく、風が心地よく、空の広さを見るたびに心が踊り、自然を身近に感じられました。
島の人と話すことが楽しく、なにかお手伝いできることに喜びを感じ、仕事ができることに改めて喜びを感じました。
島は、たしかに都会に比べれば発展途上です。
荷物が届くのも時間がかかるし、台風の影響をもろに受けてしまいます。
それでも、そこには自然と共に生きる暮らしがあり、隣人と助け合いながら生活する、人間らしい姿がありました。
僕はこの島での暮らしが、自分が思い描く理想のライフスタイルになると強く感じました。
もしかしたら、思っていたのと大きく違うかも知れません。
島ならではの大変さもきっとあると思います。
でもそれも、経験してみないと分からない。
とにかく今はもっと知りたい。だから僕は、島への移住を決めました。